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院長ブログ 2023

2023年12月

今年のオーディブル読書のまとめ    12月21日

昨年8月に始めたオーディブルを通じた読書体験は、今年も続いています。月平均40〜45時間の聴取で、年間約500時間の読書(聴書)時間になりました。

 特にミステリー分野では、「ハヤブサ消防団」(池井戸潤 著)、「告解」(薬丸岳 著)、そして「カラスの親指」(道尾秀介 著)が楽しい聴き物でした。ドラマ化もされた「ハヤブサ消防団」は、原作とのストーリーの違いを楽しみながら聴きました。「告解」は、深夜の雨の中、飲酒運転で老女を轢き死亡させるエリート大学生の恐怖と不安がリアルに描かれており、一時は続きを聴けなくなるほどでしたが、最後には少し救われる結末にほっとしました。「カラスの親指」は、予想外のどんでん返しに魅了され、映画も観てしまいました。

 哲学系では、「はじめてのスピノザ」(国分功一郎 著)や「今を生きる思想 ショーペンハウアー」(梅田孝太 著)、「ウイリアム・ジェイムズのことば」(岸本智典他 著)、そして特に「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」(飲茶 著)などを聴き、深く思索する時間を持ちました。「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」では、東洋の哲学者たちの深い思想に触れ、本と併せて何度も繰り返し聴きました。

 その他の分野では、「バッタを倒しにアフリカに」(前野ウルド浩太郎 著)が面白かったです。サバクトビバッタの研究のためアフリカ・モーリタニアで活動する著者のノンフィクション冒険話で、科学と冒険の両方を楽しむことができました。

 しかし、今年最も多くの時間を費やしたのは、望月麻衣さんの作品です。「京都寺町三条のホームズシリーズ(1-19巻)」と「我が家は祇園の拝み屋さんシリーズ(1-14巻)」を合わせて約200時間聴き、オーディブル読書時間の40%を占めました。「京都寺町三条のホームズ」は、シャーロックホームズを彷彿とさせる古美術鑑定士の推理と、京都の美しい風景を背景にした恋愛模様が魅力的です。「我が家は祇園の拝み屋さん」では、陰陽師の大学生と心を読む高校生のカップルが超自然的な事件に挑みます。どちらもストーリーがシンプルで運転中でも楽しめました。

 多忙な中でも何とか読書を楽しみたい方に、オーディブルは本当にお勧めです。

2023年11月

動的平衡とオートファジー     11月23日

  生命の本質を探る旅は、しばしば私たちを深遠な思索へと誘います。福岡伸一氏の「新版 動的平衡」と吉森保氏の「生命を守るしくみ オートファジー」の両書は、この旅の案内人のような存在です。それぞれが提供する「生命とは何か」という問いへの答えは、私たちの理解を大きく深めてくれます。

 福岡氏の「動的平衡」という概念は、生命の本質を捉えるための鍵です。生命とは、固定されたものではなく、絶えず変化し続けるものとして捉えられます。この理論によれば、生命は柔軟性、適応性、そして回復力を持っています。環境が変われば、生物もまた変化し、適応します。体内では、細胞レベルで継続的に調整が行われ、変わらないように見えるためには、実は常に変化しているのです。

 一方、吉森氏の研究はオートファジー、すなわち細胞が自己の一部を分解し再利用するプロセスに焦点を当てています。成人男性は、1日に70gのタンパク質を摂取し240gのタンパク質を生成しています。食物から摂取しただけでは足りないアミノ酸は細胞内のタンパク質を分解してそれを材料にタンパク質をつくっているのです。この過程は細胞の健康維持に不可欠で、分解された材料は新たな細胞成分の生成に利用されます。このように、細胞は日々自己の部品を1-2%ずつ更新し、長期的に見れば、数十日で全ての部品が入れ替わることになります。これは、新車の部品を毎日少しずつ交換し、10年経っても新車の状態を保つようなものです。

 さらに、オートファジーは老化と深く関連しています。老化が進むとオートファジーの機能が低下し、分解されないタンパク質が細胞内に蓄積することで、細胞の機能障害を引き起こす可能性があります。これは、年を重ねるにつれて自動車の部品が正しく交換されなくなり、性能が低下することに似ています。

 動的平衡とオートファジーは、生命の基本的なプロセスを理解する上で重要な概念です。生命は変化し続けることで安定を保ち、オートファジーを通じて自己を維持し、更新しています。生命がどのようにして環境に適応し、自己を修復し、更新するかを理解することは、私たち自身の存在についても深く洞察することにつながります。

 このように、福岡氏と吉森氏の著作を読むことは、生命の不思議なダイナミズムとその複雑なバランスを理解する上で、非常に有益です。生命が持つ柔軟性、適応性、再生能力には驚かされます。そして、それらがどのようにして老化や病気と絡み合うのかを理解することは、医学や生物学の分野における新たな発見へとつながる可能性を感じさせてくれます。

 

2023年10月

「利他」とは何か?  10月31日

, 『「利他」とは、他人の利益となるように図ること。』と定義されています。「何をすれば本当に人の利益になる、役に立つのか」という疑問が、いつも私の頭の中にはあります。この問いの答えを考える材料を与えてくれるのが、「利他とは何か 伊藤亜紗 編 集英社新書 2021」と「思いがけず利他 中島岳志 著 ミシマ社 2021」の2冊です。

 著名なフランスの経済学者ジャック・アタリ氏は、パンデミックを乗り越えるキーワードとして「利他主義」をあげています。その利他主義は「合理的利他主義」というもので、他の人たちのためにすることが回り回って自分のためになるというものです。自分にとっての利益を行動の動機にするものです。

 合理的利他主義をさらに推し進めた考え方に、「効率的利他主義」があります。これは2000年代半ばごろから英語圏の若者エリート層でかなりの広がりを見せているようです。自分にできる「一番たくさんのいいこと」をしなければならないという考え方で、最大多数の最大幸福を目指すものです。そのために幸福を徹底的に数値化する傾向があります。自分のお金をより多くの人の幸せのために使うとすれば、誰に、あるいはどの団体に寄付するといいのかを考えるのです。

 しかし、合理的利他主義も効率的利他主義も人のためにやるという共感の匂いがせず、なんだか味気なく感じられます。結局は自分のためにやっている行為は本当の利他と言えるのでしょうか?

 効率的利他主義が数値化にこだわる理由は利他の原理を「共感」にしないためです。大多数の人は身近に接する人、自分と似ている境遇の人にしか深い共感をすることはできません。日本人の多くは、テレビでアフリカの人々の貧困を見たり、ウクライナやパレスチナでの戦争の悲惨さを見た時には、同情の感情がわきますがその感情は続きません。地球環境の問題や世界的なパンデミックの問題を解決するには、共感に基づかない利他主義が必要なのかもしれません。

 また、共感が利他の条件であるならば、別の問題も生じます。例えば重い障害のある人たちは、「自分が共感されるような人間でなければ、助けてもらえない」という思いになります。共感すること自体にポジティブな面があるのは当然ですが、共感を利他の必要条件にしない方がいいようにおもわれます。

 また、利他的な行動には「これをしてあげたら相手にとって利益になるだろう」という「私の思い」が含まれています。そのために「自分がこれをしてあげるのだから相手は喜ぶはずだ」という押し付けが始まるとき、人は利他を自己犠牲ととらえて、その見返りを求めることになりがちです。そのために「利他」には独特のうさん臭さが付きまといます。善意でやったことが、他者をコントロールして、支配することがあります。

 文化人類学者のモースは「贈与論」の中で、贈り物の中には、時に毒が含まれていると指摘しています。与えた側がもらった側に対して優位に立つという現象です。もらった側は負債感を持つことになり、贈り物は「利他」の仮面をかぶった「利己」になってしまうのです。

 それではより望ましい「利他」とはどんなものでしょうか? 

 伊藤氏は『利他とは「うつわ」のようなものではないか』と述べています。相手のために何かしている時であっても、自分で立てた計画に固執せず、常に相手が入り込めるような余白を持っていること。利他の大原則は「自分の行為の結果はコントロールできない」ということで、利他になるだろうと思うことをやったとしても、相手が実際にどう思うかはわからない。その不確実性を受けられる「うつわ」のようなものが必要だということです。

 中島氏は自身が敬愛する親鸞の「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(歎異抄)を引用して、「自分も境遇が違えばとんでもない悪いことをする可能性があるのではないか」と考えるべきだとしています。偶然いい環境や立場に恵まれた人は謙虚な姿勢で、恵まれない人を見た時には思いがけず自然に利他行為を行うことが必要です。

 全地球的な視野で考えると「効率的利他主義」の視点も大事だと思います。そのうえで、普段の生活の中では自然に利他行為をして、そのことを心にとどめず忘れることができれば理想的なのかと感じました。    

2023年9月

アフリカを考える   9月28日

  フリーランス国際協力師・原貫太さんのYouTubeをたまたま見たところ、アフリカについてのレポートが気になり、本も買って読んでみました(あなたとSDGsをつなぐ「世界を正しく見る」習慣 原貫太著 KADOKAWA2021)。

 この本の中では、アフリカが今も貧しい理由は、過去に行われ現在までも影響を及ぼしているヨーロッパ諸国の悪業があると述べています。

 原貫太さんがお勧めの小川慎吾著「僕らのアフリカに戦争がなくならないのはなぜ? 合同出版 2012」には、15世紀末から約400年間続いた奴隷貿易の悲惨さが示されています。アメリカ大陸や西インド諸島に奴隷として連れ出されたアフリカ人は約1500万人と言われ、奴隷1人をとらえるために村を焼き討ちにするなどの暴挙でその10倍の人々の命を奪ったため、被害者は15000万人に上ると推計されています。まさに史上最大の大虐殺です。ヨーロッパ諸国は奴隷狩りのために伝統的な文化を破壊し、その後の植民地支配で、部族を不平等に扱う分断統治により部族間の憎しみをあおったのです。

 このような歴史的経緯が現在のアフリカの貧困につながっているというのは間違いないでしょう。そして現在も豊富な地下資源などをめぐって、欧米諸国や中国、ロシアなどの介入で、いたるところで紛争があります。アフリカは経済的にも搾取されて発展を妨げています。

 アメリカ、イギリス、フランスは人権問題を声高に叫んでいる一方で、アフリカ諸国などの紛争地域に小型武器を大量に提供しています。この3国に加えて中国、ロシアの国連常任理事国5か国が世界で生産される小型武器の9割以上を作り輸出しています。

 このようなアフリカの現状を知ってしまうと、世の中の矛盾に対して無性に腹が立ってきます。「不都合なことは知らない方が幸せに生きられる」と原さんが言っているのは理解できます。

 現実に我々日本人は、アメリカ、ヨーロッパ諸国と同じ仲間の先進国という意識を持ち生活をしています。地下資源やエネルギー、食糧の大半を不自由なく消費しているのは、アフリカ諸国などの犠牲によっているところがたくさんあります。

 私たちが善意でやっていることがアフリカの経済に悪影響を与えていることもあります。代表例が、古着の寄付です。先進国からアフリカなどに毎年何百万トンもの古着が送られています。16円程度の古着が大量に手に入るために地元の繊維産業が成立しないのです。またあまりにも大量の古着が送られてくるために古着の処分が問題になっているほどです。善意の寄付がアフリカを苦しめているのです。私も以前に古着を段ボール6箱分提供したことがあったので、とても心苦しく思いました。

 また、SDGsの目標の貧困対策、特に食糧問題に「肉食」が大きく関わっていることを知り、ドキッとしました。世界の農地の80%弱は家畜の飼料を作っています。食糧難に苦しむ貧しい国々も、自分たちのための食糧生産よりも先進国の人々の肉食を優先させて、農地で家畜の飼料を作っていることが多いのが現状です。個人的に反省させられました。

 原さんや小川さんのように世界の矛盾が凝縮したアフリカ問題に関わっていると精神的にきついだろうと推測します。実際に原氏は一時期適応障害で、活動休止を余儀なくされたことがあるようです。

 私自身はアフリカなどにささやかな寄付は続けていますが、普段はあまり考えないようにしています。世の中の矛盾を考えると、怒りの感情が日常生活を覆ってしまい、ささやかな幸せを感じにくくなってしまうからです。

 原さんは「アフリカなどの問題に関心を持ち続けることが大切です」と言っています。ささやかながら定期的に世界の貧困問題などに関心を持ち続けて、実際にできる有意義な支援を続けていきたいと思いました。

 

2023年8月

ことばはどう生まれ、進化したか   8月31日

  赤ちゃんが成長して言葉を獲得する過程はとても不思議です。子どもたちの頭の中ではどんな現象が起きているのでしょうか?

 「言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか」(中公新書 今井むつみ・秋田喜美 共著 2023)は、オノマトペを手掛かりに言語の本質に迫った興味深い好著です。

 擬音語(ニャー、パリーンなど)、擬態語(ザラザラ、スラリなど)、擬情語(ドキドキ、ゾクッなど)をオノマトペと言います。その定義としては「感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語」が広く受け入れられています。

 子どもが言葉を獲得する第一段階では、ある音の塊が意味を持っていることに気付くことが必要です。音と意味が自然につながっていて、単語に意味があるという「名づけの洞察」をオノマトペが担っているのではないかと著者たちは考察しています。

 手をたたく動作と「パチパチ」という擬音語、ごみを放り投げる動作と「ポイッ」という擬態語が結びついて言葉の学習を促す。オノマトペを足場として、こどもは言語が成り立たせている様々な仕組みを自分で発見し、発見したことを使って自分で意味を作っていく方法を覚えていくのです。

 『言語習得とは、推論によって知識を増やしながら、同時に「学習の仕方」自体も学習し、洗練させていく、自律的に成長し続けるプロセスである』と述べられています。他の動物では認められない「アブダクション推論」が、言語習得を推進する原動力であるとの指摘がとても興味深く思われます。

 アブダクション推論の具体例としては以下のものが挙げられている。

①  この袋の豆はすべて白い(規則)

②  これらの豆は白い(結果)

③  ゆえに、これらの豆はこの袋から取り出した豆である(結果の由来を導出)

論理的に考えればこの推論は正しくないのは明らかです。しかし人間は、このような推論をして仮説を立ててそれを検証して、誤りを修正していく。このサイクルを繰り返すことで言語習得が進むと著者らは考えています。論理的に正しくない推論ができる能力が、最終的には言葉によって論理的に考えることができるというのは不思議なものです。

ヒトが他の動物と違って誤りを犯すリスクのあるアブダクション推論を採用した理由として、「ヒトは居住地を全世界に広げ非常に多様な場所に生息してきた。そのために他民族や自然などの不確実な対象、直接観察・経験が不可能な対象について推測・予測が必要だった。未知の脅威に新しい知識が必要で間違いを含む可能性があってもそれなりにうまく働くルールを新たに作る、アブダクション推論を続ける必要があった。結果として言語というコミュニケーションと思考の道具を得ることができた」と推測しています。生息地が限定的なチンパンジーなどでは、リスクのあるアブダクション推論より誤りのリスクが少ない演繹推論の方が生存に有利だったということになります。

 これまでにも言語の発生に関する本をいくつか読んできましたが、本書の展開する「言葉の発生と進化」についての仮説は最も説得力があると感じました。

何歳からでも結果が出る本当の勉強法   8月10日

 昔から勉強法の本を好きでした。どのように勉強すると効率がいいのか?知識が身につくのか?いろんな人の考えを知るのがたまらなく楽しいのです。

 最近読んだ「何歳からでも結果が出る本当の勉強法」(望月俊孝 著 すばる舎 2023)は、著者自身の経験と世界中の研究から導き出した勉強法の極意をとても分かりやすく伝えてくれて、興味深く読めました。

 勉強法として46の項目がありますが、私が特に納得した項目をいくつか紹介します。

勉強は「欲望」ではじめて、「やりがい」で続ける。

 何かを開始するときには、「欲望」(本音)に忠実になろうということです。お金でも何でもいいので報酬に目を向けるのです。その方が「崇高な使命感」よりも、とっかかりがいいのです。やっていくうちに、自分が取り組んでいることが自分の成長につながる、あるいはどのくらい人に期待されているかという「やりがい」にシフトしていくことが重要だということです。

勉強はスキマ時間で積み重ねた方が効果的。

 このことは日々実感しています。実際にまとまった時間をとれることが少ないので、スキマ時間に勉強する意義を感じています。特に好きなのは地下鉄の乗車時間。15分か30分程度の時間で集中して読書すると頭に入りやすいことを感じます。

究極の記憶術は「思い出しテスト」をすること。覚えたい内容を一読したら、何も見ずに覚えたことを紙に書き出す。そのあと内容を照らし合わせる。

 「思い出しテスト」をすることで脳内の「知識の再構築」をしていることになります。少し面倒ですが、効果が期待できます。

背景にある物語を知ると、記憶量が増える。

 物語は脳にとっての「特権階級」である。何かを学ぶときには、その対象の発見・創造の過程を描いた物語を読むことがお勧め。

先生からのフィードバック環境と成果は比例する。

 学習の質は、フィードバック環境の質で決まる。いいフィードバックの条件は「現在の理解と目標との間の不一致を減らすことにつながっているか」ということ。一流の先生からのフィードバックはすぐに自分の弱点が分かり、上達の速さが桁違いになるため、フィードバック環境に投資することがとても有効です。

 最後に

人は死ぬ間際に「もっと勉強すればよかった」と後悔する。

 後悔なく死ぬために生きているうちにしっかり勉強しましょう。

 

2023年7月

Bodysharing 身体の制約なき未来  7月28日

先日、玉城絵美教授の「Bodysharing 身体の制約なき未来」(大和出版2022)を読みました。彼女の研究は、私たちが自分の身体を感じる方法、特に「固有感覚の共有」に焦点を当てています。

 人間が自分の身体を主体的に動かしている感覚を「身体主体感」と呼びます。また、その動かしている身体が自分自身のものだと認識する感覚を「身体所有感」といいます。これらの感覚は認知科学の視点から考える「意識」に深く関わっています。人がその場にいることの臨場感や没入感を感じる度合いは、この二つの感覚に大きく関連しています。

 ここで、Bodysharingという概念が登場します。これは自分の身体に付随する感覚情報を他者やロボット、アバターといった存在と共有し、さらにその経験をデータとして共有する技術を指します。そのための一手法として、身体間の相違をチェックし、異なる部分を補完するための「キャリブレーション」が求められます。

 このBodysharingにより、視覚や聴覚の情報を含む固有感覚を共有し、統合することで、これまで以上に多様な体験を共有することが可能になると期待できます。この技術が単に生産性向上に貢献するだけでなく、体験の共有による新たな価値創出に大いなる可能性があると玉城教授は見ています。

 野球のバットを振る際の体の使い方を考えてみましょう。視覚情報だけでは限定的な情報しか残せません。しかし、固有感覚をデータとして取り込むことで、優れたスイングを行う人がどのタイミングでどの部位に力を入れ、どの部位を動かしているかを、自分自身の身体を通じて理解できます。このように「見ただけではわからない」情報を記録し、共有することで、他人がデータをインストールするだけで簡単に動きを再現することが可能になります。

 玉城教授自身が体験した事例として、「牛になって搾乳される体験」があります。下腹部から搾乳される体験は、視覚情報と共に固有感覚として経験した結果、経験後しばらく立ち上がれなくなるほどの深い没入感を生じさせました。「自分は本当に人間なのだろうか?」「私は牛なのではないか?」という深深な疑問さえ引き起こしました。

 これらの可能性を見て、Bodysharingによって様々な人々との体験を共有する世界への期待が膨らみます。世界中を旅行したり、様々なスポーツを経験したり、あるいはペットの犬や猫の世界を経験することが可能になるのかもしれません。そんな経験ができるまで長生きをしてみたいものです。

 

2023年6月

究極の脳疾患治療法: 脳深部刺激によるうつ病と難治性PTSDの治療    6月27日

現代科学は脳と心の謎を解き明かし、以前は想像すらできなかった治療法を開発し始めています。最近になって、重度うつ病と難治性PTSDに対する脳深部刺激療法を用いた画期的な治療法が相次いで報告されています。

うつ病は全世界で多くの人々が苦しんでいる疾患で、その重度によっては日常生活に深刻な影響を及ぼします。しかし、最近の研究では、脳内にセンサーを留置し重度のうつ症状が見られる時の脳内信号を検出し、特定の脳領域を刺激する新しい治療法の報告がありました(Nat Med. 2021 Oct;27(10):1696-1700)。

また、PTSDは過去に経験したトラウマによって引き起こされる疾患で、フラッシュバック、過度の興奮、自己評価の低下などのネガティブな変化を引き起こします。フラッシュバックなどの症状を認めた時の脳内信号の検出と刺激による治療法が、難治性PTSDの症状改善に対しても有効であることを示しています(Nat Commun. 2023 May 24;14(1):2997)。

これらの治療法は、脳活動を常時モニターし「症状が出現したときのパターン」が検出された時に、特定の部位に電気刺激を送ることで症状を改善します。このバイオマーカーとなる信号検出と刺激は、MRIや電気生理学的手法などを組み合わせた先端技術により行われます。

最も重要なことは、この手術がそれぞれの患者の個別の症状に対応できる点です。つまり、脳内信号の検出はリアルタイムで行われ、その瞬間瞬間で最適な治療を提供することが可能です。

しかし、この手術は侵襲性があり、リスクも伴います。さらに、すべての患者に有効であるわけではなく、個々の病状や体質によって結果が変わることも重要な視点です。この新技術の可能性と限界は、今後の臨床研究により明らかにされていくでしょう。

とはいえ、脳内フィードバックを用いた神経刺激による治療法は、薬物療法や心理療法に反応しない患者にとって、新たな希望の光となり得ます。これらの手法は症状を一時的に抑制するだけでなく、脳の働きを根本的に改善する可能性を秘めています。特に、難治性PTSDや重度うつ病といった長期にわたる心的苦痛を経験した人々が、自身の脳内で自己治癒の力を引き出すという、まさに「究極」の治療法と言えるでしょう。

しかし、このような神経刺激療法を一般的な治療法にするためには、まだ多くの研究と試験が必要です。それぞれの患者の脳の構造と機能、症状、生活環境などを理解し、最適な刺激の方法を見つけることが求められます。

また、この手術の倫理的な問題も無視することはできません。私たちの思考や感情は脳の働きに基づいていますが、それを直接操作することが本当に許されるのか、という疑問もあります。人間の尊厳と自由意志を尊重しつつ、どのようにこの新しい技術を利用していくかは、社会全体での議論が必要なテーマでしょう。

私はこのようなオーダーメイドの神経刺激療法の進歩を楽しみにしています。

 

 

「学び直し」の時代 - 「冒険の書 AI時代のアンラーニング」から学ぶ新たな教育の視点
6月3日

  孫泰蔵氏の最新作「冒険の書 AI時代のアンラーニング」(日経BP, 2023)は、教育の古い観念に挑戦しつつ、AIの時代に適応した新しい教育の可能性を提示します。その一方で、本書は過去の教育者たちの業績に敬意を表しながらも、現代の教育システムがどのようにその理念から離れていったかを検証します。

 ロック、ルソー、オーウェン等、多くの偉大な教育者たちが掲げた革新的な教育理念が、教育界に画期的な影響を与えたことは確かです。しかし、孫氏は、時間の経過とともに、これらの教育改革の理念が時代と共に変化する社会のニーズに対応できず、結果的に皮肉な反作用を生み出してしまったと指摘します。教育が一斉指導に重きを置くことで、子どもたちの間に勉強嫌いを生む現状がその一例でしょう。現代の学校教育は、規律と訓練を通じて、生徒たちを秩序の中にはめ込み、自発性を抑制する形になってしまっています。

  孫氏はこのような既存の教育システムに疑問を呈し、新たな教育の方向性を模索します。彼の視点では、「試行錯誤」や「失敗からの学び」を強調し、遊びと学びや仕事を分け隔てずに一体的なものとすることが大切です。そして、基礎の勉強が必ずしも最初に必要ではなく、最初は自由に探求し、その後に深く極めたいと思った時に基礎を勉強するというアプローチを推奨します。

 また、本書では、現代社会の「メリトクラシー」についても批判的な視点を持っています。AIの出現により、人間の能力だけで評価される時代は終わりを告げています。AIは既存の評価基準を根底から覆す可能性を秘めており、これにより人々の個性や長所を評価する新たな評価基準が求められるようになります。AIが人間の能力を超越することで、「メリトクラシーの最終兵器であり、その解放者」ともいえる存在となります。これは、個々の能力だけでなく、個性や長所、そして「楽しいから全く飽きない」という情熱を追求する人生を重視する視点を提唱するものです。

 孫氏はこうした新しい視点を持つことを「アンラーニング」と表現します。これは、我々がこれまでに身につけてきた価値観や常識を一度捨て去り、新たな視点から学び直すことを指します。AIの時代に適応するためには、新しい学びの形や新たな評価基準を受け入れ、物事を新たな視点から考える能力が求められます。

 本書「冒険の書 AI時代のアンラーニング」は、このように既存の教育観念を問い直し、AIの時代に適応する新たな教育の形を提示する一冊です。これまでの学校教育がどのようにして現状の問題を生み出してきたのかを明らかにし、それに対する解決策を提案します。それは、個々の個性や長所を認め、その上で学びを深めていくという、より豊かな学びの環境の実現を目指しています。これが、今後の教育改革において、重要な指針となるでしょう。

 

2023年5月

クオリアと人工意識5月27日

茂木健一郎氏の「クオリアと人工意識」(講談社現代新書 2020)を読んで、かなり深く考えさせられました。茂木氏の独特の思考に触れるのは、彼の早い時期の著作「脳とクオリア」(日経BPマーケティング1997)からで、「クオリア」が意識の本質を理解する鍵となるという考えに感銘を受けました。しかしながら、「クオリア」の真実を完全に解明することは、依然として困難を伴う課題のように感じます。

 最近では、ChatGPTのような人工知能(AI)の進化が目覚ましいもので、それが人間の意識やクオリアとどのように関連しているのかが気になりました。そこで茂木氏の「クオリアと人工知能」を読むことにしました。彼の知的好奇心を刺激するような議論が多く、いくつか特筆すべきポイントがありました。

 まず、最適な「正答率」の問題についてです。ある研究によれば、トレーニングを受けた生物やAIの正答率は80%から85%が最適であり、100%ではないとされています。これは、予想外の事象や文脈から外れた事象に適応するための余地を残すためと言われています。完璧な答えを追求するよりも、柔軟性を持つことのほうが重要なのかもしれません。

 茂木氏によれば、意識の持つ最も基本的な性質はクオリアと志向性であり、後者は世界に向き合い、解釈し、意味を与えるという能力を示しています。これはメタ認知の一つの形態と考えることができます。また、我々が何かを「理解」していると感じるとき、それは私たちの脳の中で情報が整理されている結果と言えるでしょう。茂木氏は「理解」を意識の本質であるメタ認知の極致と位置づけています。

 また、茂木氏は、ペンローズの「意識なしで知性は存在しない」というテーゼについても触れています。この視点は、意識と知性の間に深い関連性が存在するという観念を示唆しており、現代のAIの進化を観察する上で特に魅力的な考え方と言えます。

  さらに、「創発」という概念が取り上げられています。創発とは、基本的に単純な要素から成るシステムが複雑な構成に成長し、その過程で新たな性質や属性を発見することです。つまり、システムが複雑になるにつれて、「生命」や「知性」、「意識」といった性質が生じるという観念が主流となっています。この考え方は、神経系がある程度の複雑さを持つシステムに達したとき、意識が生じる可能性があると考える理由を提供します。

 また、茂木氏は、意識が生命の随伴現象であり、生命の本質は「いきいきとした」存在であると述べています。これは意識が自由意志と深く結びついているという考えを裏付けています。しかし、自由意志自体は脳が生み出した「幻想」であるとも語られています。

 茂木氏の考察を通じて、人工知能と意識、クオリアの関係について新たな視点を得ることができました。我々の理解がまだ不完全な現象を理解するためには、AIの進化を続ける中で、茂木氏のような視点が不可欠であることを強く感じました。茂木氏の「クオリアと人工知能」は、AIの可能性と限界、人間の意識との関連性を理解するための重要な資料であると言えます。AIと人間の意識の間の架け橋として、この書籍は未来の探求に必要不可欠な視点を提供してくれます。

2023年4月

ADHDとASDの睡眠障害について    4月25日

睡眠について知りたいと思っている人には、睡眠専門医の渥美正彦先生の本がおすすめです。この本は、専門家でなくても読みやすい睡眠の本です。

 注意欠如・多動症(ADHD)の子どもたちは、平均して体内時計が1時間53分遅れているため、毎日2時間近くも遅寝遅起きになることがあります。そのため、朝の6時はADHDの子どもたちにとっては朝4時過ぎであり、夜の11時は9時過ぎになるため、学校生活には問題が生じることがあります。ADHDには、むずむず脚症候群を合併することが多く、動いていないときに特に足に違和感を感じて眠れなくなることがあります。鉄剤投与で改善する子が多いため、むずむず脚症候群の診断は大切です。

 ADHDとむずむず脚症候群には、脳内のドーパミン不足が共通しています。ドーパミンの作用の一つである「不要な感覚や不要な動きを抑制する働き」が機能しないため、不必要な動きや感覚が増加することが考えられます。同様に、自閉症スペクトラム(ASD)の子どもたちにも睡眠障害が多く見られます。ASDの睡眠障害の原因としては、夜間に分泌される睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌量が減少していることが挙げられます。メラトニン投与が治療法として推奨されており、メラトニン製剤の「メラトベル」内服で睡眠が改善した子どもたちも多くいます。

 十分な睡眠は、健康にとって非常に重要です。アメリカ国立睡眠財団が推奨する睡眠時間は、35歳で1013時間、613歳で911時間、1417歳で810時間、1864歳で79時間です。しかし、日本人の多くは十分な睡眠時間を確保していないことが知られています。

 特に、ASDADHDの子どもたちにとっては、睡眠不足が大きな問題となります。十分な睡眠は、成長ホルモンの分泌を促し、記憶の定着や整理、トラウマの解消などの重要な働きがあります。そのため、睡眠不足が続くと、生活上の様々な問題が発生する可能性があります。

 この本では、睡眠リズムを整えるための具体的なアプローチが紹介されています。例えば、「朝、太陽の光を浴びる」ことや、目覚まし時計を二つ用意することが挙げられます。朝、太陽の光を浴びることで、メラトニンの分泌を促し、睡眠のリズムを整えることができます。また、目覚まし時計を二つ用意することで、自分が起きることができる時間に起きることができます。

 この本は、渥美先生自身が学生時代に朝起きられずに留年した経験を持つため、睡眠に悩む子どもたちの保護者にとっては非常に有益な情報が盛り込まれています。この本を読むことで、子どもたちの睡眠リズムを整え、健康的な生活を送るためのアイデアを得ることができます。ぜひ一読してみてください。

2023年3月

AIの進化と社会への影響について:創造性と自由、そして人間の選択3月26日

昨年末に登場したChatGPTにより、AIへの関心が一気に高まっています。YouTubeで検索すると、たくさんの動画がChatGPTに関するものであふれているのがわかります。私も早速試してみましたが、確かに自然な日本語で答えてくれ、高いレベルの会話もできることに驚きました。これほど進歩したAIの社会的影響は計り知れません。では、AIが身近になることで社会はどのように変わるのでしょうか。

 落合陽一氏は、楽観的な見方をしています。彼が提唱する「デジタルネイチャー」という概念では、AIを含む新しい自然環境の中で、人間は新たな能力を発揮していくとしています。しかし、岡嶋裕史氏は著書「思考からの逃走」(日本経済出版社 2021)で、AIの発展により多くの人が考えることを放棄すると指摘しています。

 私たちの歴史は、仕事を自分より優れたものに外部化することで進んできました。今や、AIに触れて育った世代にとって、AIに判断を委ねることは当たり前となっています。新自由主義では、自由意思が尊重され、自由な発想によるイノベーションが重要視されています。しかし、挫折や失敗はデジタルタトゥーとして記録されるため、失敗を許容する環境が失われています。

 イノベーションは試行錯誤や失敗を繰り返すことで生まれます。しかし、若者たちは自由を拒絶するようになりました。「よい君主のもとで奴隷でいることほど楽な生き方はない」という言葉が示す通りです。

 創造的な仕事が好きで、それに従事したいと考える人は多いと思われがちですが、これは典型的なエリートの誤謬です。創造的な仕事は意思決定が求められ、責任を伴う困難なものです。個人主義がもたらす自由が享受できるのは、創造的な仕事の負荷に対抗できる能力や資源を持つ一部の人々だけです。一方、多くの人にとっては、責任ばかりが重くなり、生きづらい社会になっています。

 では、どうすれば人々が楽しく可能性に満ちた人生を送ることができるのでしょうか。それには、創造性を活かしながら、無闇に失敗や挫折を恐れず、自分の思考を大切に保てる環境が必要です。AIの進化は止められまんが、その活用方法や社会への影響について、私たちは考え続けるべきです。

 AIがもたらす利便性やイノベーションを享受する一方で、人間の創造性や主体性を大切にするバランスが求められます。個々人が自分らしい生き方を選択できる社会を目指すためには、教育や働き方、そしてAIとの共存方法についても、柔軟に考えることが必要です。

 最後に、若い世代が自由な発想や創造性を大切にしながら、自分の人生を豊かにするために、AIと上手に付き合う方法を見つけることが大切です。AIと共に、より良い未来を築いていくために、私たち一人ひとりが考え、行動することが求められています。

 

 この文章は私が大まかに書いたうえで、ChatGPTに「1000字前後で高校生にわかるレベルのブログにして」と指示して作成したものです。表題と最後の8行はChatGPTが考えてくれました。

2023年2月

エマニュエル・トッドの世界観   2月22日

 エマニュエル・トッド著の「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」(文藝春秋 2022)を読みました。。トッド氏はソ連崩壊、アラブの春、トランプ大統領の誕生や英国のブレグジッドを予言し、ヨーロッパきっての知識人とされています。これまでに何冊かトッド氏の著作を読んできましたが、この本は集大成ともいえる素晴らしい一冊でした。

私の中では、トッド氏は「サピエンス全史」を書いたユヴァル・ノア・ハラリと並ぶ人類史上の2大巨頭です。ハラリ氏が先史時代からの人類の歴史観を示しているのに対して、トッド氏は主に文字記録の残っている時代の歴史を通観しています。この二人の知見を重ね合わせると、人類史が非常に理解しやすくなる。

トッド氏によれば社会を動かす要素として、経済は数十年、教育は数百年、そして家族システムが数千年の単位で機能すると結論しています。家族システムが専門の彼によれば、経済や教育がいくら変化しても、その根底にある家族システムが社会に与える影響は根強いとのことです。

 代表的な家族システムとしては以下のものが挙げられる。

  絶対核家族:自由主義だが非平等。アメリカや英国など。 

  平等主義的核家族:普遍的人間を想定して自由と平等主義。パリ盆地など。。

  外婚制共同体:共産主義に親和性がある。ロシアや中国など。

  直系家族:社会民主主義。権威主義的で非平等。日本やドイツなど。

 これらのうち、現代の資本主義社会で最も力を持っているのは、絶対核家族の英米です。絶対核家族の強みは、子どもが早期に親から独立して家庭を持つために、「創造的破壊」が得意なことであるとされています。新しい科学技術を取り入れて、それまでの価値観を世代毎に築き上げていくことができます。一方、直系家族システムの残る日本やドイツは、無限の完璧さを求めるために創造的破壊は苦手で、適応不全を起こしていると考察されています。

 不思議なのが、絶対核家族が他の家族システムと比較して最も原初的なシステムだという点です。西洋社会(トッドは日本韓国も含めている)はどんどん核家族化しているが、家族システムとしては昔に戻っているとのことです。

 また、教育の影響についての考察も興味深いです。ドイツは宗教改革の影響などもあり、全世界に拡がる識字化の出発点になったとされています。しかし、教育が国民全体に広まったのは1900年代のアメリカで1950年から70年代にかけて比較的平等な教育レベルが広まり、民主制の最盛期を迎えました。しかし、その後高等教育を受ける層と受けない層の差が明確になり、アメリカの文化的同等性が破壊されたと指摘されています。アメリカの白人の間の平等は、黒人を差別することで成立していたが、教育の階層化により白人世界が分断され、そのことがトランプ大統領の誕生につながったとも考えられています。

 また、「近代民主制は、アメリカの人類太古的基底に大衆の識字化が重ねあわされた結果である」との指摘も面白い。民主制は常に原始的であるとされています。

 家族システムとしては進化している外婚制共同体のロシアや中国などでは、権威主義的で経済や教育が進歩しても自由主義や民主主義に移行することはなく、先進諸国がこぞって自由主義という唯一のタイプに収斂するという仮説は捨てる必要があるとされています。家族システムの影響が根強く残り、本当の意味のグローバリゼーションは不可能だと結論付けられています。

 最近の世界の流れを見ていると、まさにトッド氏の指摘の通りだと感じます。この本は、現代社会を理解する上で非常に貴重な知見を提供してくれます。家族システムや教育、経済といった要素が、どのように社会を動かし、人々の思考や行動を形作っているのかを理解することは、今後の世界を見通す上で重要です。

2023年1月

習慣と意志の力     1月31日

ジェームズ・クリア式 複利で伸びる1つの習慣」(ジェームズ・クリア著 Pan Rolling 2019)と「WILLPOWER 意志力の科学」(バウマイスター他著 インターシフト 2013)を読みました。いずれも実際に生かすことのできるハウツーが示されている面白い本でした。

 クリア氏は「習慣の最大の目的は、人生の問題をできるだけ少ないエネルギーと努力で解決することである」と述べていますが、私も全く同意します。短い人生でやりたいことがたくさんあり、エネルギーは限られている中では、いい習慣をいかに身に付けるかがとても大切です。

 本の中では、いい習慣の効果と身に付ける具体的な方法が、数多く示されています。

 習慣は自己改善を複利で積み上げるもので、例えば毎日1%よくなれば1年後には、1.01の365乗で37.78倍の結果が得られる計算になる。逆に毎日1%ずつ悪くなれば、0.99の365乗で最初のわずか3%に落ち込む。数字で示されると毎日のささやかな改善が年月がたつととてつもない差となって現れることに驚きます。

 説得力のある言葉をいくつか紹介します。

モチベーションを過大評価せず環境を重視する。

 自制心は短期的な戦略であり、長期的なものではない。

  いくらやる気になってもそのモチベーションは続かないので、環境を整えることで持続させる。これは私の場合、筋トレが当てはまります。10年近くまえからやっている筋トレは、週に1回パーソナルトレーナーと約束しているので継続できています。一人でやりたい時にやる環境では、1ヶ月も続かないことは明白です。自分自身が自制心の弱い人間だと自覚しているので、なるべく悪い環境に身を置かないように用心しています。

 最も効果的な学習法は、計画することではなく、実行することである。

 このことはわかってはいるけどなかなか実行できていないことです。反省しています。

ゴルディロックスの原理:最高のモチベーションはちょうどいい難しさの挑戦に立ち向かう時に生じる。

  勉強が進まない子を指導する場合に、意識するべきことでしょう。やっている問題が簡単すぎないか?あるいは難しすぎないか? やる気がないという前に確認するべきことです。

 もう1冊の「WILLPOWER 意志力の科学」で気になった言葉も紹介します。

意志力の出どころは一つであり、そのエネルギー量には限りがある。

大切なのは意志力をいかに使わないかだ。

 些細なことでも意志力を使うと意志力は減ってしまう。残りの少ないエネルギーでは重要な決定をする意志力は足りなくなってしまうのです。そのために日常的なことはルーチーン(習慣)化して、意志力をもっと必要なものに振り分けた方が賢いやり方です。自己コントロール能力が高い人とは、自制心(意志力)が強い人というより、実は意志力を使わない人であり、意志力の配分が上手な人だと言えます。

意志力が弱まると、かえって刺激や欲望を感じやすくなる。

意志力を使いすぎるとかえって、自分の意思に沿わない欲望に流されることが多くなります。気を付けましょう。

 

 改めて、いい環境を選んでいい習慣を身に付ける必要があると感じました。

算数の苦手な子への対応    1月14日

算数が苦手な子はどこでつまずいているのか?この疑問に対して答えを与えてくれる2冊を読んでみた。

 1冊目は算数障害の理解と指導法(熊谷恵子・山本ゆう著 GAKKEN 2018)。この本では算数障害の原因として4つの領域を挙げている。

 まず第1に数処理。数詞と数字と具体物の対応関係が分かっていないことだ。5と言いながら、3本の指を出したり、よく数え間違いをする子どもたちは数処理につまずいている。。基本中の基本なのでここでつまずいていれば、先に進むことはできない。

 次に数概念。数字には序数性(順番を表す)と基数性(量を表す)という性質があることが、分かっていない。基数性が分かっていない場合には、数直線上で相対的な数の位置を示すことができない。

 第3に計算の問題。暗算(加減算で20までの計算、乗除算で九九までの範囲)が身についているか? 筆算で繰り上がり繰り下がりの手続きの問題(継次処理能力)、多数桁の数字の空間的配置とその意味(同時処理能力)ができるのか? 計算にはこれらの能力が関係している。

 最後に数的推論(文章題)。統合過程、プランニング過程など複雑な過程が関与している。

 この本では、算数が苦手な子どもたちをつまずきのポイントから、様々なタイプに分類している。その上で、それぞれの弱みをトレーニングをする48の方法を紹介しており、とても実践的な本だ。

 2冊目は算数文章題が解けない子どもたち(今井むつみ他著 岩波書店  2022)。この本では、著者らが独自に作成した「ことばのたつじん」「かんがえるたつじん」という問題から、算数文章題が苦手な子どもたちの問題点を、誤答例から問題を明らかにしている。

 問題とその誤答例としては、以下のようなものが挙げられている。

小学3,4年生への問題

 子どもが14人、1列にならんでいます。ことねさんの前に7人います。ことねさんの後ろには、何人いますか(1年生の教科書にある問題)。   正答率 3年生 26.9%  4年生 51.1

誤答例① 14×7=98 答)98人 (分析)文の意味を考えず、問題文の数字を使って答えを出そうとしている。また、状況のイメージができていないため、98人という、あり得ない数字の間違いに気が付かない。

誤答例② 14-77 答)7人 (分析)ことねさんの存在が抜けている。メタ認知がうまく働いていない。

小学5年生への問題

 250g入りのお菓子が、30%増量して売られるそうです。お菓子の量は何gになりますか。

      正答率(学力別で)  上位 57.4% 中位 42.6% 下位 10.9

誤答例① 250×0.3750g (分析)掛け算をしてみたが、数が減ったので0を加えて水増しをした。

誤答例② 250÷0.3800g (分析)掛け算をすると減ってしまうので、割ってみた。

 いずれの誤答でも、「元の量を1とする」ことがわかっていない。「1」には、モノを数える時に1個あるという意味と、任意のモノの量を「1」として、それを分割したり、比較の基準にしたりするという意味の「イチ」があるということがわかっていない。問題に書いていない数字(この場合1.3)を思いつくことができない。また、無回答も多く、5年生の成績下位層に突出して多い。失敗経験を重ねた結果、どうせやってもできないという学習性無力感の状態になっている。

 これらの誤答例を分析して、著者らは学習のつまずきの原因として7つ挙げている。

1.知識が断片的で、システムの一部になっていない。

 2.誤ったスキーマを持っている。

  「数は数えるためにあるというスキーマ」を持っていることが多い。

 3.推論が認知処理能力とかみ合っていない。

 多くの子は推論そのものができないわけではない。情報処理容量の限界をコントロールすることができる能力が弱いことが原因。

 4.相対的にものごとを見ることができない。

  誤ったスキーマを自ら修正できる力は、知識を想像したり発展させたりするのに最重要な力

 5.行間を埋められない。

 文章に書かれていないことを補って自分で状況のイメージを作ることが苦手。

6.メタ認知が働かず、答えのモニタリングができない。

7.問題を読んで説くことに対する認識。

  何のために算数を学ぶのかが分からず、算数の意味を感じ取れない(学習性無力感)。

  抽象的な算数の概念と自分のスキーマがぶつかって混乱するからつまずく。

 この2冊を読むと、算数のつまずきのポイントは人によって様々で、あるところでつまずくとその先の理解が進まない。その単元のやり方を理解のないまま暗記することになる。その結果、算数がわからなくなり嫌いな学科になってしまう。

 学校の先生や保護者、塾などの先生が、「どこでつまずいているか」を把握して、認知負荷をかけ過ぎないように調節して教えることができれば理想だろうが、現実的にはかなり厳しい。

 算数教育に特化したアプリとして「トド算数」がある。3歳レベルから「数処理」「数概念」の段階から楽しくゲームで学べて、有用だと評判になっている。私もダウンロード出てやってみたが、よくできていると感じた。算数の勉強で困っている子どもたちは試してみることをお勧めする。